君たち は どう 生きる か 要約。 【1399冊目】『特別授業3.11 君たちはどう生きるか』

君たちはどう生きるかを読んだ感想!名言から要約・あらすじも解説

君たち は どう 生きる か 要約

この記事の所要時間: 約 8分 55秒 「君たちはどう生きるか」が空前の大ヒットを飛ばしています。 この本は、 今から80年前の1937年に吉野源三郎さんが書かれたものです。 そして昨年8月に、 羽賀翔一さんによって漫画化され、「漫画 君たちはどう生きるか」は、出版されてから2か月で43万部、半年で170万部も売り上げました。 同時に出された原作も売れています。 私は中学1年の時に原作を読みましたが、今回漫画本の方を読み、改めて思い出すことや考えさせられることがありました。 今回は、「君たちはどう生きるか」の要約やあらすじ、ネタバレ、感想などを通して、どうして今、大ヒットになったのか、この本の考察に迫りたいと思います。 羽賀翔一さんについてはこちらをどうぞ。 小学生や中学生の皆さんに向けてはこちらもどうぞ。 「君たちはどう生きるか」の要約とあらすじ 舞台は1937年の東京。 主人公は コペル君という中学1年生。 本名は本田潤一君です。 コペル君というあだ名は「人間は世の中を作っている分子だ。 」という発見をした彼に「コペルニクスと同じくらいの大発見かもしれない。 」とおじさんがつけてくれたものです。 おじさんはそれ以来、いつかコペル君に見せようと、コペル君の発見や日々の出来事、アドバイスなどを大学ノートに綴っていきます。 そうしてコペル君を励まし、その生き方を導いてくれる人になるのです。 コペル君のクラスに 浦川君という子がいました。 その子の弁当のおかずが毎日あぶらあげだからと、いじめっ子グループから「あぶらあげ」と陰で呼ばれたり、ちょっかいを出されたりします。 ある時、それを見かねた友達がいじめっ子のボスにけんかを売ります。 その時、浦川君はけんかを止めに入り、なんと 自分をいじめていたボスを助けるのです。 一方的にやられるのがどんなにいやかを想像したのでした。 コペル君がこの出来事をおじさんに話すと、おじさんは、感じたことをちゃんと伝えるようにと言ってくれました。 ある日、コペル君は欠席している浦川君の家を訪ねます。 そしてそこで、赤ん坊を背負って家業の豆腐屋の手伝いをしている浦川君の姿を見るのです。 コペル君は、「浦川君はほんとにすごい!」と感動します。 それを聞いたおじさんは、ノートにこう記しました。 浦川君の洋服に油揚げのにおいがしみこんでいることは、浦川君の誇りにはなっても、決して恥になることじゃあない。 コペル君は日々いろいろなことを発見します。 ある時は、自分が赤ん坊の時に飲んでいた粉ミルク、ラクトーゲンの缶を見つけ、オーストラリアの牛、牛の世話をする人、乳を工場に運ぶ人、粉ミルク工場の人、汽船で運ぶ人、日本の港の人、薬屋さん・・・と、 何千、何万の人が自分とつながっていることを発見します。 日々、いろいろなことに気づき、また正義感に燃えて、生き生きと生活するコペル君。 コペル君は、友達が危ない時は絶対に逃げずに戦うと宣言し、なかまと約束します。 それなのに、なかまを裏切ってしまうのです。 コペル君は友達が上級生にひどい目に遭っている時、知らんふりをしてしまいます。 コペル君は自分のしたことをひどく後悔し、打ちひしがれます。 しかし、お母さんが持ってきてくれたおじさんのノートには、こう書かれているのでした。 僕たちは、自分で自分を決定する力をもっている。 だから誤りを犯すこともある。 しかしー 僕たちは、自分で自分を決定する力をもっている。 だから、誤りから立ち直ることもできるのだ。 「君たちはどう生きるか」のネタバレが気になる! おじさんがどうしてそんなにコペル君に一生懸命だったのか、それはお姉さんの旦那さん、即ちコペル君のお父さんから、コペル君のことを頼まれたからなのです。 病床のお父さんは、亡くなる3日目におじさんを呼んで言いました。 「私はあれに立派な男になってもらいたいと思うよ。 人間として立派なものにだね。 」 ですから、 直接励ましたりアドバイスをくれたりするのはおじさんですけど、その後ろにはもうこの世では会うことのないお父さんの存在があるのです。 実は「君たちはどう生きるか」の漫画本の作者、羽賀翔一さんは母子家庭で育ったそうです。 この原作を読み、作品を仕上げていく中で、今まで意識に上らなかったお父さんへの思いや寂しさを感じたと語られています。 きっとご自分のお父さんとコペル君のお父さんが重なり、お父さんとの強いつながりを感じられたことでしょう。 そしてコペル君は思います。 自分を励まし光を与えてくれたこのノートを自分だけのものにしてはいけない、自分と同じような子たちに読んで欲しいと。 この本の最後は、原作者、吉野源三郎さんのこのようなことばで締めくくられます。 「そこで最後に、みなさんにおたずねしたいと思います。 君たちは、どう生きるか。 」 「君たちはどう生きるか」の感想と考察もチェック! 原作が生まれて80年経った今でも、全く色あせることなく、そこにある一つ一つの言葉が光を放っています。 80年の間、この本が多くの人の人生に影響を与えたことが納得できます。 私は、 「浦川君の洋服に油揚げのにおいがしみこんでいることは、浦川君の誇りにはなっても、決して恥になることじゃあない。 」という一文にとても感動を覚えました。 私は2年前まで中学校の教員をしていましたが、 軽く見ていた友達のくらしやその生き様を知った時、子ども達にその友達への尊敬が生まれるのを見てきました。 人は自分より持っていない人、できない人をさげすもうとします。 でも、一生懸命に働いて物を作り出す姿を見た時、自分の考えがどんなにちっぽけだっかに気づくのです。 おじさんのノートにはこう書いてあります。 あの人々のあの労働なしには、文明もなければ、世の中の進歩もありはしないのだ。 ところで、君自身はどうだろう。 君自身は何をつくり出しているだろう。 世の中からいろいろなものを受け取ってはいるが、逆に世の中に何を与えているかしら。 そしてこうも書いてあります。 大きな顔をして自動車の中にそりかえり、すばらしい邸に住んでいる人々の中に、案外にも、まるで値打ちのない人間の多いことがわかるに違いない。 また、普通世間から見くだされている人々の中に、どうして、頭をさげなければならない人の多いことにも、気がついてくるに違いない。 もう一つ、印象深いところは、コペル君が友達を裏切り、自分のやった行為に打ちひしがれている時、お母さんが話してくれたことです。 若い時、重い荷物を持って石段を上るおばあさんの手助けをしたいと思いながら声をかけることができなかったこと、そのことを今でも思い出し後悔すると。 これを読み、私も思い出したことがあります。 大学生の頃、ぎゅーぎゅー詰めのバスの中でのことです。 ある停留所に止まり、何人かが降りた時に、後ろの方から「降ります。 」という小さな声が聞こえてきました。 前に行きたいのに、人がいっぱいで進めないのでしょう。 「あっ、運転手さんに教えなきゃ。 」でも周りの人達は聞こえないふりをしているのか、誰も口を開けません。 「私が言わなきゃ。 」そう思うものの、その沈黙の中で、声を出すことができなかったのです。 運転手さんには「降ります。 」の声は届かず、ドアは閉まり、バスは発車してしまいました。 その瞬間、私は後悔と自己嫌悪に陥りました。 「何で言えなかったの?!」 あれから40年近く経っても時々思い出し、後悔するのです。 おじさんのノートにはこう書かれています。 人間である限り、過ちは誰にだってある。 そして、良心がしびれてしまわない以上、過ちを犯したという意識は、僕たちに苦しい思いをなめさせずにはいない。 しかし、コペル君、お互いに、この苦しい思いの中から、いつも新たな自信を汲み出してゆこうではないか、ー正しい道に従って歩いてゆく力があるから、こんな苦しみもなめるのだと。 「君たちはどう生きるか」の原作と漫画の違いは? 漫画版の作者、羽賀翔一さんは、吉野源三郎さんの原作を何度も何度も読み返し、その伝えたいところを現在の若者達に伝わるように、推敲を重ねて、「漫画 君たちはどう生きるか」を完成させたのだそうです。 それで、原作と漫画には少し、違うところがあります。 冒頭の部分の違いや原作にあって漫画にないところや、反対に原作にはないけれども漫画で描かれているシーンなどがあります。 原作と漫画の違いについて、詳しくはこちらをご覧ください。 「君たちはどう生きるか」要約とあらすじ まとめ 「君たちはどう生きるか」、いかがでしたか? 毎日のように、人をだましたり、殺したりするニュースが流れてきます。 でも、今この本が注目を浴び、多くの人々が手に取っているということは、多くの人が自分はどう生きるべきか、その指針を求めているからなのでしょうね。 「君たちはどう生きるか。 」 今、この問いを自分に投げかけてみる時なのかもしれません。

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君たちはどう生きるか。小学生でも分かる5分で解説。

君たち は どう 生きる か 要約

1982年には岩波書店が、政治学者・丸山真男の「『君たちはどう生きるか』をめぐる回想」という解説を付け、として刊行している。 これを漫画の形で描かれる主人公コペル君にまつわる旧制中学でのエピソード、加えてコペル君のいくつかの書きつけと、「おじさんのノート」と呼ばれる、編集者をしているおじさんが書いたコペル君に呼びかけるテキストで構成したのが、。 ちなみにこの「ノート」で語られる内容は、作者・吉野の戦前の本音だったと思われる。 記憶に新しいというより、まだ現在進行形なのだが、同書は、元の本にある今となっては的なある種の権威性と、それを漫画で読むというポストモダン風の軽いイメージを纏った枠組みとの、おそらく意図的なミスマッチが功を奏し、瞬く間に話題をさらうことになった。 「オリコン」、「Amazon」、「トーハン」、「日販」、「大阪屋栗田」などの各販売会社2018年上半期の売り上げランキングではいずれも1位。 今年 2018年 の上半期一番のベストセラーで、刊行から数えて9カ月で200万部に達したという。 右肩下がりの下降カーブが止まらない出版不況のなかにあって、各方面で好意的に迎えられている明るい話題の一つだと言っていい。 本書は、そんな流れに逆らうように刊行された、業界垂涎の話題の本に「異論あり!」と敢えて楯突いた本である。 元の本がと切っても切れない関係にある上に、の要諦の一つは、近頃とみに軽視されている「少数意見の尊重」にこそある あった のだから。 漫画がどうの、売り上げはどうのと大方の話題に押し流される前に、その内容と思想性について、しかるべき検証の機会はあって当然だし、あってこそ健全だと言えるのだろう。 それが「無い」ことについては、著者が冒頭で「あまりにも異論が出されていないのが不思議です」と訝しんでいるとおりだ。 著者の村瀬学は、児童文化研究者で心理学者。 心身障害児通所施設の職員を経て、同志社女子大の教授になった人で、障害と障害児についての著書が多くあり、書き手としての視線は、社会構造の分析と批判にも及んでいる。 本書が、「近代科学」批判と、そこから派生する「障害者」をはじめとする「弱者」たちへの的な見方を批判する、近頃よく耳にするマウンティングなどとはおよそ無縁な、反マッチョな視線で貫かれているからである 村瀬はそれを、「地上の感性」「日常の見方」「繊細の精神」「 「目、口、尻 」を生きる 「大地循環 」観」「横から見る目」「等身大」「存在給付」など、さまざまに変奏して語っている。 まずは「人間分子観」だ。 これは冒頭のエピソードで銀座のデパートの屋上でコペル君が街の光景を見た後に、作者・吉野がコペル君に「人間って、おじさん、ほんとに分子だね。 僕、今日、ほんとうにそう思っちゃった」と言わせたセリフに出てくる考え方で、わたしは元の本を読んだときから、そのわざとらしさと、隠れた説教臭に強い異和感を覚えた コペル君の名も、実は近代科学に寄与したコペルニクスから来ている。 著者・村瀬は、たぶんそれとよく似た異和感を、「左翼分子」「革命分子」「反革命分子」「異端分子」などという言葉を立て続けに並べて、巧みに言語化している。 それを乱暴に要約すると、「人間」を「分子」として「上から見る」発想は、「おじさん」の言うような「素晴らしい発見」ではなく、すでに歴史的に一度破産している全体主義、左翼全体主義が奉じた、「近代科学」への妄信にほかならないのではないかというのである。 わたしはそれを読んだとき、虚を突かれたように納得し、そう言えば「昔は共産党細胞などという言葉もあった」と思った。 そして、その手の近代科学一辺倒の「科学的視線」が、ナチズムの優生思想やスターリニズムの恐怖につながったのではなかったかと。 村瀬は言う。 戦前からの筋金入りの「民主主義者」だった吉野源三郎とはいえ、そのような時代の制約から完全にフリーではなかったのではないかと。 これは、単純なようでいて、言い当てるのが難しいことだ。 しかし、歴史は、伝説や思い込みによって間違いを犯した事例に満ち満ちているのだから、このような批判の大切さは言うまでもないと思う。 ベストセラーはよい、伝説もときにはよいが、だからこそそれに見合った批判が必要だという考えが、この国にはもとから欠けている。 もって銘すべし、と考える。 次は、弱者、とくに障害者について。 おじさんは、いかにもこの「大勢いる貧しい人々」の味方のようなことをいっているのですが、 おじさんの頭の中にある「貧しい人々」のイメージは、ずいぶんと偏っています。 実際には家柄や職業の違いという理由で貧しくなっている人と、学歴や知的な好奇心に向かないことで貧しい暮らしを強いられる人たちがいるわけですが、おじさんは、そのなかでも「馬鹿な奴」や「下等な人間」は「軽蔑」しているのです。 知的に障害のある人たちや、寝たきりの重度の障害者などは、もちろん眼中には入っておりません。 なぜおじさんはそのような「区別」を立てているのか、その「区別」の仕方を読者は見のがしてはいけないのです。 いかがだろう。 このパッセージが、おじさんのどんなコメントに対応して書かれているのか、できれば本書をあたって読んでみてほしい。 フランス革命は 貧困層の悲惨な状態を打破するために「生存権」という権利を認めるように民衆が蜂起したのです。 私はその考えをここで「存在給付」と言い換えて、それが今の時代に求められていることを訴えてきました。 先日、ある雑誌で、少子化対策にからめ「LGBTには生産性がない」と言った自民の衆議院議員がいた。 「 「常識 」や 「普通であること 」を見失っていく社会は 「秩序 」がなくなり、いずれ崩壊していくことにもなりかねません」と書いていたらしい。 これではもう優生思想と違わない。 「普通」と「それ以外」を「区別」して、手前勝手な「秩序」を守ろうとする「差別」の発想というしかないだろう。 世にはびこるこういう輩に対して、どう戦うか。 本書には、そのヒントがこめられていると思う。 *ここで紹介した本は、で展示・販売しています。 *「神保町の匠」のバックナンバーはで。 日々、本の街・神保町に出没し、会えば侃侃諤諤、飲めば喧々囂々。 実際に本をつくり、書き、読んできた「匠」たちが、本文のみならず、装幀、まえがき、あとがきから、図版の入れ方、小見出しのつけ方までをチェック。 面白い本、タメになる本、感動させる本、考えさせる本を毎週2冊紹介します。 目利きがイチオシで推薦し、料理する、鮮度抜群の読書案内。

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君たちはどう生きるか。小学生でも分かる5分で解説。

君たち は どう 生きる か 要約

「君たちはどう生きるか」とは、1937年に発売された吉野源三郎さんの名作です。 一貫して「人間らしく生きるにはどうしたらいいのか」というテーマが描かれています。 世の中に悩む人にとって、背中を押してくれる作品です。 2017年には羽賀翔一さんにより漫画化され、『 漫画 君たちはどう生きるか』のタイトルでマガジンハウスから出版された。 また、同年には宮崎駿さんが制作中のアニメ映画のタイトルを、本作から取って『 君たちはどう生きるか』にすることを発表しました。 今回はそんな話題作「君たちはどう生きるか」のあらすじ・ネタバレ・要約についてまとめました。 以下ネタバレを含みますので先に試し読みもオススメです。 「君たちはどう生きるか」で検索! 目次• あらすじ 2017年にマンガ版が発売されましたが、コペル君が日々の生活の中で直面する出来事を追っていくうちに、彼らの勇気と苦悩、そして「人間らしく生きるにはどうしたらいいのか」を一緒に考えていくことになります。 大切な友達を裏切ってしまったことを後悔しに苦しむ中学生のコペル君こと本田潤一。 学校に行けなくなってしまったある日、叔父さんから渡されたのが一冊のノートでした。 そこには、コペル君が叔父さんに話したコペル君が考えたこと・話したことについておじさんからのメッセージが書かれていました。 君たちはどういきるか「へんな経験」 潤一の家の近所に叔父さんが引っ越してきた日、二人で銀座のデパートの屋上までやってきました。 潤一は、屋上から見える人が小さいのを見て、「本当に人間って分子なのかも」と叔父さんにはなします。 叔父さんはその日を境に、潤一のことを「コペル君」と呼ぶようになります。 その人間分子体験は、コペル君にとっては自分がこの世界に溶けてしまいそうな気がしてほんとはちょっぴり怖いものでした。 叔父さんのノート「ものの見方について」 「本当に人間って分子なのかも」ということはいかに大発見かよく覚えていてほしい。 今回、君が考えたことは深い意味を持っている。 コペルニクスが地動説を発見する前は、天動説という天が自分を中心として回っているという考え方だった。 コペルニクスが地動説を発表したとき、かなりの迫害にあい、地動説が世間に広まるまで時間がかかってしまった。 天動説は、人間が自分を中心としてものを見たり、考えたりしたがる性質をもっていることの現れで、子供の時はどうしても天動説で世界をみている。 大人になっても、自分中心に物事を見てしまうくらい根深く・頑固に残るものなのだ。 勇ましき友 コペルニクスのように、どれだけ周りの人に間違っているといわれても、自分の考えを信じ抜けるひとになってみたいと思うようになったコペル君。 クラスメイトの浦川君がいじめっ子の山口から、「あぶらげ」と呼ばれていることを知ります。 山口が視界に入るたびにびくついていたことを暮らす全員知りながらも、やり返されることが怖くて誰も何もできませんでした。 人間は、大きな塊になって動いているせいで、かえって抜け出せなくなっているのではないかと考えます。 おじさんにいじめのことを相談しても、「自分で考えるんだ」と言われるばかりです。 本物の勇気 ある日、コペル君の友達であるガッチンが先生の不在中に山口を「浦川へのいじめはやめろ」と取っ組み合いをし始めます。 クラス中がガッチンの加勢をしますが、浦川君だけがガッチンに「やめてくれ」ととめるのでした。 叔父さんに事の顛末をはなし、周りの流れに勇気をもって逆らった浦川君は立派だと話すと、中学生で自分で考えたことを自分の言葉で表現できるのはなかなかできる事じゃないとほめられました。 真実の経験について 私やコペル君のお母さん・亡きお父さんも君にはよい人間になってほしいと思っている。 勉強のことは教えることはできるけど、人間として生きることや人間が集まって世の中を作っていくことにどれだけの価値があるのかは教えることができないし、人間らしく生きて感じなければ分からない。 学校や世間が立派なことだと言っているからといって、その通りに生きても人間らしく生きることにはならない。 人間らしく生きる価値については、いつでも自分が本当に感じたことから出発して正直に考えることが大事だと思う。 人間の立派さがどこにあるのか、自分の魂で感じて立派な人間になりたいと心の底から願うことだ。 ニュートンの林檎と粉ミルク 叔父さんと水谷君、ガッチンとで野球をしていた日、コペル君はふとニュートンの万有引力について思いだし、ニュートンはなぜ林檎を見ただけで大発見ができたのかギモンに思います。 叔父さんは、3人の前でニュートンが想像の中で林檎の木を伸ばして空から月が落ちてこないことに気がついたのだと解説し、ひとつのわかりきったことを追いかけていくと、ものごとの大事な「根っこ」にぶつかることがあると教えてくれました。 誤ってミルク缶を落としてしまったコペル君は、ミルク缶が家にたどり着くまでにいろんな人が関わっていること、そしてそのほとんどの人を知らないことを発見し「人間分子の関係・網目の法則」として叔父さんに報告の手紙を出したのでした。 人間の結びつきについて-なお、本当の発見はどこにあるか- コペル君が発見した「人間分子の関係・網目の法則」は、経済学・社会学で「生産関係」という言葉がある。 昔から、人間は分業しながら生きてきた。 顔がわかる身近な人から始まり、交換や縁組みなどで共同生活範囲が広がっていき、国を作るようになった。 もっと人間が複雑に入り組み、世界がひとつの網のようになった。 君が生きていく上に必要なものを作るために、たくさんの人が働いていた。 でも、全くの見ず知らずの人ばかりなのは、世の中が本当に人間らしいつながりになっていないからだ。 本当に人間らしい関係とはどんなものだろう。 人間が人間同士、お互いに好意を尽くし、それを喜びとしているほど美しいことはほかにありはしない。 本当の発見について 本当に人類の役に立ち、万人から尊敬されるだけの発見とはなにか。 それは君がはじめて知ったということではなく、君がそれをはじめて知ったことが同時に人類がはじめて知ったということでなくてはいけない。 人間が人生で経験することには限りがあるが、学問は万人の経験を各方面からまとめたものなのである。 人間はできるだけ学問を修めて今までの経験から教わらなくてはならない。 人間が今まで進歩してきて、まだ解くことができない問題のために骨を折ることができなければうそだ。 その上の発見こそ、人類の発見という意味を持つことができる。 また、そういう発見だけが偉大な発見といわれることもできる。 貧しき友 学校を休んで家を手伝っている浦川君に勉強を教えに行くようになったコペル君。 ノートを買うことができないからとギッチリとノートを書く浦川君に、いつになったら学校にいられるのか訊ねます。 山形にお金を工面しているお父さんが帰ってくれば学校に行けるそうです。 聞いたコペル君は、クラスでは目立たなくてバカにされるけど、本当はすごい奴なんだ!と走りながら家に帰りました。 おじさんに、もしも自分が浦川君の立場だったら投げ出しているかもしれない。 浦川君は一歩一歩進んでいると感動を伝えると、「君はある大切なものを日々生み出している。 それはなんだとおもう?」と問いかけられるのでした。 尊敬せずにはいられない美しい心根や優しい気持ちがあることをしたのはいい経験だ。 貧しい暮らしをしている人はみな、貧乏なことを引け目に感じているもので傷つきやすい。 だから、そういう人が恥ずかしい目に会わないように、見下さないようにその素直さを忘れてはいけない。 人間の値打ちは、金持ちでも貧乏でも関係ない。 尊敬するべき人間は貧乏でも偉いのだ。 いつでも自分の人間の値打ちに目を付けて生きて行かなくてはいけない。 世の中を支えているのは 貧乏な人を見下してはいけないのは、世の中の大多数が貧乏だからだ。 多くの人が人間らしい暮らしをできないのは大きな問題となっている。 貧しい暮らしをしている浦川君だって中学校に行っているが、若い衆は小学校までで勉強をやめないといけなかった。 若い衆は自分の労力だけが資本だが、体を壊せば稼ぐことができない。 体を壊しては困る人たちが一番体を壊しやすい環境にいる。 学問も芸術も貧しい人たちにとっては夢でしかない。 君がなんの縛りもなく勉強に打ち込むことができるのは、本当にありがたいことなんだ。 貧しい環境に育ち、働いて生きてきた人々こそ世の中を担ぐ立派な人たち。 彼らが人が生きていくために必要なものを生産してくれなければ、消費できない。 生産の働きこそ、人間を人間らしくしてくれる。 浦川君は、生産する側に立っている。 りっぱに家業をこなし、いやな顔せずに働いていることに対して尊敬を持つことが重要だ。 ナポレオンと4人の少年 コペル君の教室のまわりを、上級生がうろつくようになりました。 ガッチンは、ナポレオンの伝記を読んで研究したいので誰か持っていないかとコペル君に訊ねます。 叔父さんの家にならあるかもしれないと叔父さんの家に押し掛けると、本の代わりにナポレオンが10年で貧乏将校から皇帝に成り上がったこと、国内外の外交を一手に引き受けたこと。 大戦争をいくつも指揮したことを話してくれました。 ナポレオンの話に鼓舞されたガッチンは、いじめっこの山口に目を付けられて、山口の兄と友人たちに狙われていると告白しました。 それを聞いた浦川君・水谷君・コペル君は、ガッチンの危機には壁になると約束し、叔父さんの前で指切りするのでした。 それを見ていた叔父さんも、なくなったコペル君の父との約束を思いお越し、コペル君の世代に立派な人間になるために伝えることをまとめた本を自分で書く覚悟をします。 まずはその活動量だ。 10年で貧乏将校から皇帝に成り上がりフランスを納めたが、ロシアの大遠征で60万人いた兵士を1万人未満まで死亡させてしまい、次々に他の国に攻撃され島流しされて5年後に死んでいった。 将校から亡くなるまでの20年を激動の中で生きてきたのだ。 その活動の中でナポレオンは何を成し遂げたのか。 当時フランスは、ナポレオンが将校の時にフランス革命が起き、封建制から新しい時代へと進んでいた。 他の国が傭兵軍をフランスに送っていた中、フランスは国民が兵士となり戦った。 ナポレオンは軍を指揮して旧式の軍隊を倒し、自由な世の中を作るために役に立った。 学問では、エジプト遠征中に学者を集めてエジプトの研究をさせ、エジプト学の役に立った。 また、新しい時代のために、学者を集めて「ナポレオン法典」という法律をまとめ上げた。 これは近代国家の法律の元となっている。 新しい時代の役に立つことをした後、ナポレオンは自分のために権力を使ったが、人々の暮らしを圧迫しその上でロシアの大遠征という大失敗をしてしまったので、世の中の正しい進歩にとって有害な存在となってしまったのだ。 英雄とか偉人とか言われている人々の中で、本当に尊敬ができるのは、人類の進歩に役に立った人だけだ。 そして、人類の進歩に貢献した事業だけが真に値打ちのあるものなのだ。 雪の日の出来事 ガッチンを上級生から守る約束をして2週間たった日のこと。 校庭に雪が降ったので、ガッチン・浦川君・水谷君・コペル君は校庭で雪遊びを始めたところガッチンが雪だるまにぶつかって倒してしまう。 雪だるまを作ったのが山口の兄たちだった。 雪だるまを倒したことを山口が告げ口していたのだった。 上級生に見つかってしまいガッチンの危機が迫る。 浦川君・水谷君はガッチンを守るために前に出たが、コペル君は雪玉を隠して進み出ることができない。 3人が上級生に殴られるのを黙ってみていることしかできなかった。 その日の夜に熱を出しそのまま何日も学校を休んでしまう。 約束を守れなかった後悔に動けなくなるコペル君のところに、叔父さんがやってくる。 叔父さんは、今回のことで許してほしいという資格はない。 後悔で動けないなら一度考えるのをやめてしなくてはいけないことにまっすぐ進んで行けと諭し、コペル君はガッチンに手紙を書き、謝るという行動に出たのでした。 人間の悩み過ちと偉大さについて 人が苦しみや悲しみを感じているとき、本来人間がどういうものであるのかを教えてくれる。 人の体が苦痛を感じて故障を知ることができるということは、体が正常でないことを苦痛が教えてくれる。 同じように、心が感じる苦しみや辛さは、人間が人間として正常な状態にいないことを教えてくれる。 人間が人を憎んだり、敵対しているのを苦痛に感じ吹こうになるのは、憎んだり敵対するのが本来正しくないから。 人間が自分の才能を発揮できずに苦しむのは、自分の才能を発揮できないのは本来正しくないからだ。 人間が人間らしい苦痛を感じるときは、自分が取り返しのつかない過ちを犯してしまったという意識だ。 正しい道に従ってあるいていく力があるから、こんな苦しみもある。 ガッチンたちとの仲直り コペル君は、叔父さんのノートの中に自分を見つけます。 その自分に励まされ学校に行くことを決意します。 いざ3人を前に逃げ出したくなりますが、ノートの言葉に励まされ、謝ることができたのです。 人間分子コペル コペル君は、みんなと仲直りした後ノートを見ながら「自分が世界の中心を回っていないのなら、世の中は何を中心に回っているのか」と考えました。 そして、また銀座のデパートの屋上に叔父さんと一緒に上がったとき「世の中を回している中心なんてもしかしたら本当はないのかもしれない」「あの日の屋上でなんだか世界の中に溶けて消えてしまいそうなへんな気持ちになったけど、でも今はしっかりと飛び込んで行ける気がするんだ。 」 まとめ 「君たちはどう生きるか」は、「人間らしく生きるにはどうしたらいいのか」を考えさせる大人でも読み応えのある作品です。 特に世の中に悩むこんな人にオススメです。 ・友だちとの人間関係に悩む中高生 ・人生が思い通りならず悩んでいる人 ・他人と自分を比べてコンプレックスを感じている人 ・取り返しのつかない失敗をしてしまった人 「君たちはどう生きるか」を読み終わった後、そっと背中を押してくれるでしょう。 本を手にとって読みたい方はこちら.

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